プロトコル・オーバードライブ― 2038年、東京グリッド戦争
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【本作品に関するご案内】

本作品『プロトコル・オーバードライブ』は、Xeneaブロックチェーンとそのエコシステム(ZetaCube, XSTAR, Nesa等)が社会実装された未来を想像して描かれたフィクション(創作の物語)です。

物語に登場する人物、団体(例:CG社)、地名、出来事はすべて架空のものであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

Xeneaが目指す「データが永続化され、人とAIが共存する未来」の一つの可能性として、どうぞエンターテインメントとしてお楽しみください。

 

2038年5月14日 03:58 JST
ネオ東京・大手町 セントラル・グリッド(CG社) 統合管制センター

 

その部屋には、人間が知覚できる「音」は存在しなかった。

あるのは、壁一面を埋め尽くす巨大なホログラム・ディスプレイが放つ冷たい青色の光と、空調システムのわずかな風切り音だけだ。

しかし、データの次元においては、ここは世界で最も喧騒に満ちた場所だった。

「ヘリオス、第3セクターの周波数偏差を補正。予備のEV群から0.4秒間、放電を実行せよ」

「了解(Affirmative)。偏差修正完了。グリッド安定率、99.9998%」

中央に鎮座する量子支援型スーパーコンピュータ「ヘリオス」が、合成音声で淡々と報告する。

この瞬間も、ネオ東京を走行する500万台の電気自動車(EV)と、無数のビル、街灯、家庭用蓄電池が、ヘリオスの指揮下で一つの巨大なオーケストラのように同期していた。誰がいつアクセルを踏むか、誰がいつエアコンをつけるか。すべては予測され、制御されている。

遅延ゼロ。事故ゼロ。そして、不確実性ゼロ。
ここにあるのは、完璧に管理された「平和」だ。

管制室を見下ろすガラス張りの個室で、黒鉄(クロガネ)は琥珀色の液体が入ったグラスを揺らしていた。CG社の最高執行責任者である彼は、眼下に広がる青い光の海を、まるで自分の庭のように眺めている。

「美しいと思わないか? 人類が長年夢見たスマートシティの完成形だ」

黒鉄が独りごちる。
しかし、その完璧な光の海の中で、唯一、赤く点滅する小さな領域があった。東京湾の沿岸部、かつて工業地帯だった「第9エリア」。通称、ロスト・セクター。

「……またあのエリアか」

黒鉄が眉をひそめる。そこは、CG社の統一規格(プロトコル)に従わない「レガシー」な車両や、野良の太陽光パネルを使う住民たちが集まる吹き溜まりだ。彼らはヘリオスの完璧な指揮を拒み、独自のネットワークを構築しようとしている。

「システム部長」
黒鉄はインカムに指を添えた。

「第9エリアからのノイズが増大している。接続要求(リクエスト)が多すぎて、ヘリオスの予測演算に0.002%の遅延が出始めている」

『はっ、直ちにファイアウォールの強度を上げます。規格外のパケットは全て遮断しますか?』

「構わん。彼らが時代遅れのガラクタにしがみつくなら、その代償を払わせてやれ」

黒鉄はグラスを置き、ディスプレイ上の赤い点を指先で弾いた。

「効率こそが正義だ。ノイズはいらない」

赤い光がフッと消え、第9エリアへの送電優先度が「最低ランク」へと書き換えられた。
完璧な静寂が、再び部屋を支配した。

【第1章】 凍結された資産(アセット)

同日 06:15 JST
ネオ東京・第9エリア(旧湾岸地区) カイのガレージ

 

朝の光が、錆びついたシャッターの隙間から差し込んでいた。
オイルと潮風の混じった匂い。ここには、大手町の管制室のような無機質な清潔さはない。
カイは簡易ベッドから起き上がり、大きく伸びをした。

「おはよう、カイ。心拍数、血圧ともに正常。昨晩の睡眠効率は84%でした」

ガレージの中央に停められた白い車から、落ち着いた女性の声が響く。
カイの相棒であり、生活の糧である自律走行EV、アイリス(IRIS)だ。車種は10年前の「アイオロス・モデルX」。だが、その中身はカイの手によって魔改造されている。

「おはよう、アイリス。昨日の収益(リザルト)はどうだ?」

カイはあくびを噛み殺しながら、空中に浮かんだARウィンドウを操作した。

「ライドシェア稼働12件、配送代行4件。そして夜間のVPP(仮想発電所)待機報酬を含めて……総額、245 XENEです」

「245? 少なすぎる。先週の半分じゃないか」

カイは眉をひそめた。アイリスのバッテリーは、ZetaCube製の高性能な検査機で「健全度(SOH)92%」を叩き出している。中古市場なら最上級グレードだ。それなのに、電力市場での買取価格が暴落している。

「原因は、CG社の新しい査定アルゴリズムです」

アイリスがフロントガラスにグラフを投影する。

「私のバッテリーモジュールが『正規ディーラーでの交換履歴がない』という理由で、リスク資産扱いされています。実際の性能データではなく、彼らのデータベース上の『お墨付き』がないというだけで」

「ふざけやがって……」

カイは拳を握りしめた。これだ。これが「集中型」の弊害だ。
モノの価値を決めるのは、実際の品質ではない。中央の管理者が決めたルールだ。アイリスがどれだけ丁寧にメンテナンスされ、どれだけ高品質な電気を供給できても、CG社のハンコがなければゴミ同然に扱われる。

「カイ、資金を引き出すにはPoH(人間性の証明)が必要です」

アイリスの警告音で我に返る。
最近、AIが勝手に架空の請求書を発行する詐欺が増えたため、ウォレットの操作には厳格な生体認証が義務付けられていた。

カイは端末のカメラを見つめた。

[Scanning... XSTAR Protocol Verified]

画面に緑色のチェックマークが灯る。XSTARのオムニチェーンID技術が、カイの虹彩と微細な表情筋の動きを解析し、「彼が実在する人間である」ことをブロックチェーン上で証明した。
AIには模倣できない「人間特有のノイズ」こそが、この時代の鍵(パスワード)だった。

「送金完了。……でも、このままじゃジリ貧だ」

カイは工具箱を手に取り、アイリスのボンネットを開けた。そこには、純正のブラックボックスではなく、複雑に配線された自作の制御ユニットが鎮座している。

「俺たちの価値は、俺たちが証明するしかない。……行くぞ、アイリス」

「どちらへ?」

「第3埠頭の廃工場だ。面白い実験をしてる奴がいるらしい」

 

同日 07:30 JST
第3埠頭 廃工場エリア

崩れかけた倉庫の中に、異様な光景が広がっていた。
天井まで積み上げられた緑色のサーバーラック。それらが唸りを上げ、周囲の空気を振動させている。
ZetaCube社製の小型データセンター、NANODC(Nano DePIN Center)だ。

そのラックの森の奥で、一人の女性が端末を叩いていた。
作業用ツナギに、油で汚れたキャップ。サラだ。

「おい、勝手に入ってくるな。ここは高電圧エリアだぞ」

サラは振り返りもせず言った。

「ZetaCubeのエンジニアだろ? 『分散型グリッド』のテストをしてるって聞いてな。俺の車(フリート)を参加させてくれないかと思って」

カイが声をかけると、サラは手を止めて彼を値踏みするように見た。そして、背後のアイリスに視線を移す。

「……モデルXか。悪くないわね。でも、そのOS、純正じゃないでしょ」

「ああ。CG社の監視プログラムは切ってある。代わりに、Xeneaのライトノードを積んでる」

「へえ」

サラの目が少し輝いた。「XeneaのDACS(分散型自律コンテンツストレージ)を使ってるの?」

「ああ。こいつの走行データ、バッテリーの充放電ログ、全部DACSに刻んでる。100年経っても改ざんできない『真実』だ。CG社のサーバーがダウンしても、こいつの価値は消えない」

サラはニヤリと笑った。

「気に入ったわ。あんたみたいな『はぐれ者』を探してたのよ」

彼女はラックの一つを指差した。

「ここはね、CG社のヘリオスに対抗するための砦(とりで)よ。このNANODCには、IPFSベースのストレージとGPUが搭載されてる。ここを拠点に、私たちだけで電力の売買を行うの。中抜きなし、検閲なしのP2P取引よ」

「できるのか?」

「理論上はね。あんたの車を『VPPノード』としてこのラックに接続して。Nesaのプライバシー計算レイヤーを噛ませるから、あんたの個人情報が漏れる心配もないわ。さあ、実験開始よ」

カイはアイリスのコネクタをNANODCに接続した。
これが、長い一日の始まりだった。

【第2章】 1000ミリ秒の壁(レイテンシー)

同日 11:00 JST
第3埠頭 実証実験フィールド

 

実験には、カイの呼びかけで集まった10台の個人タクシー(すべてCG社の規格外車両)が参加していた。
彼らの目的は一つ。中央サーバーを介さず、ブロックチェーン上のスマートコントラクトだけで、車両間の電力融通(V2V)と周波数調整を行うことだ。

「全車、同期完了。マイクログリッド、自律稼働モードへ移行」

サラの合図とともに、NANODCのファンが唸りを上げる。

「負荷試験、行きます。仮想の電力不足(スパイク)を発生させるわ。……3、2、1、実行!」

サラがエンターキーを叩いた瞬間、エリア内の電圧が意図的に下げられた。
通常なら、これを検知したEVが一斉に放電し、電圧を支えなければならない。

「アイリス、放電開始! レートはスマートコントラクトに従え!」
カイが叫ぶ。

アイリスのAIがXeneaチェーン上の板情報を参照し、入札を行う。
『入札確認。ブロック生成待ち……』

……間があった。
ほんの数秒。しかし、電力の世界において、それは「永遠」に等しい時間だった。

『承認完了(Confirmed)。放電を開始します』

アイリスが電流を流し始めた時、すでにモニター上の電圧グラフは危険域を割り込み、警告音と共にシミュレーターがダウンしていた。

「……失敗だ」

サラが端末を叩きつけるように置いた。

「遅すぎる。ブロックチェーンの合意形成(コンセンサス)に3秒かかってる。でも、グリッドの周波数調整には0.2秒以内の反応が必要なのよ」

現場に重苦しい空気が流れる。
カイも唇を噛んだ。これが「分散型の限界」だ。
セキュリティは高い。透明性もある。だが、何千台ものノードが合意するプロセスは、中央のスーパーコンピュータが独裁的に命令を下すスピードには勝てない。
物理的なインフラ制御において、「トラストレス(相手を信用しなくていい仕組み)」は「コスト(遅延)」になるのだ。

「やっぱり、無理なのか……」

仲間のドライバーたちが諦めの表情でコネクタを抜き始めた、その時だった。

「おやおや、随分と可愛らしいお遊びをしているじゃないか」

廃工場の入り口に、一台の黒塗りの高級リムジンが音もなく滑り込んできた。
後部座席から降りてきたのは、仕立ての良いスーツを着た男。黒鉄だ。
彼の背後には、CG社のロゴが入った武装ドローンが数機、静かに浮遊している。

「黒鉄……! なぜここに」
サラが警戒して身構える。

黒鉄はNANODCのラックを見上げ、嘲笑うように鼻を鳴らした。

「ZetaCubeの旧式ラックに、寄せ集めのポンコツEV。それでヘリオスに挑もうとは、滑稽を通り越して哀れだな」

彼はカイの方に向き直った。

「君たちも痛感しただろう? 『分散型』などという夢物語は、インフラには向かないんだよ。電力網に必要なのは『民主主義』じゃない。『規律』だ」

黒鉄の言葉は、今のカイたちには残酷なほど正論だった。

「このエリアの電圧が不安定になっている原因は、君たちのこの粗末な実験だ。即刻中止したまえ。さもなくば……」

黒鉄が指を鳴らすと、ドローンの銃口がアイリスたちに向けられた。

「テロリストとして、全車両のIDを永久凍結(BAN)する」

「ふざけるな!」カイが前に出る。「俺たちはただ、正当な対価が欲しいだけだ! あんたたちが俺たちのデータを盗み、価値を不当に下げているからだろ!」

「データ?」黒鉄は冷ややかな目でカイを見下ろした。

「ゴミに価値はない。管理されて初めて、データは意味を持つんだ。……撤収しろ。これは警告ではない。慈悲だ」

黒鉄はリムジンに戻り、去っていった。
残されたのは、実験に失敗し、プライドを粉々にされたカイたちだけだった。

「……クソッ!」

カイはドラム缶を蹴り飛ばした。
悔しいが、黒鉄の言う通りだ。今のシステムでは、ヘリオスのスピードには勝てない。どんなに正しいデータをDACSに記録しても、それが「間に合わなければ」電気は消え、人は死ぬ。

「解散しよう」

仲間の一人が言った。「俺たちは所詮、レガシーなんだよ」
次々と去っていく車たち。

しかし、サラだけはNANODCのモニターを睨み続けていた。

「……諦めるのは早いわ」

「サラ?」

「ヘリオスに勝つ方法はある。ブロックチェーンの『遅さ』を認めつつ、物理的な『速さ』を手に入れる方法が」

彼女はカイに向き直り、狂気的な笑みを浮かべた。

「カイ、あんたの車……アイリスのAIには、Nesaのチップが積んであるって言ったわよね? そして、あんたはXSTARのPoHパスを持ってる」

「あ、ああ……それがどうした?」

「ブロックチェーンを通すのは『結果』だけでいいのよ。現場の判断(プロセス)は、あんたたち『人間』と『エッジサーバー』が直接握手すればいい」

サラが描いたのは、ブロックチェーンの鉄則を覆す危険な賭けだった。
「オフチェーン・ステートチャネル」と「PoHによる即時権限委譲」
これが、反撃の狼煙(のろし)となる。

【第3章】 エッジの覚醒と人間の証明

2038年7月20日 14:00 JST
ネオ東京・第9エリア 秘密ガレージ(旧ZetaCube実験サイト)

 

7月の猛暑がアスファルトを溶かさんばかりに照りつけている。
エアコンの効かない廃倉庫の中で、カイとサラは汗だくになりながら、アイリスのダッシュボード裏の配線をいじり回していた。

「いい? 原理をもう一度説明するわよ」
サラが電子タバコの煙を吐き出しながら、空中に回路図を投影する。

「前回の失敗は、全ての電力取引(トランザクション)をメインネットのブロックチェーンに書き込んでから実行しようとしたこと。これじゃあ、承認に数秒かかるのは当たり前」

「ああ、痛いほど分かったよ。ヘリオス(CG社)はミリ秒で動いてる」カイが手を動かしながら答える。

「だから、発想を逆転させる。取引の『実行』と『記録』を分けるの」

サラは、ガレージの隅で唸りを上げるNANODC(ZetaCube製小型サーバー)を指差した。

「このエリアのNANODCを、ローカルな『検証者(バリデーター)』として機能させる。アイリスが電気を売りたい時、NANODCがその場で即時にマッチングして送電命令を出す。これなら遅延はゼロに近い。エッジコンピューティングの強みよ」

「だが、それじゃ中央集権と同じだろ? そのNANODCが嘘をついたらどうする?」

「鋭いじゃない。そこでアンタの出番なのよ」

サラはXSTARのロゴが浮かぶチップをアイリスのスロットに差し込んだ。

「AIだけのネットワークは、高速化すればするほど、悪意あるボット(シビル攻撃)に乗っ取られるリスクが高まる。だから、『責任者』が必要なの。このNANODCの管理者権限を、アンタの生体ID(PoH)に紐付ける」

「Optimistic Execution with PoH(人間証明付き楽観的実行)」

これがサラの考案した秘策だった。
まず、現場の人間(カイ)が生体認証を行い、「私はここに実在し、このAIの行動に責任を持つ」と宣言する。すると、NANODCはそのエリア内での取引を即時実行する「特権」を得る。
その後、事後的にデータがXeneaのブロックチェーンとDACSに送られ、正しい取引だったかが検証される仕組みだ。もし不正があれば、PoH署名をした人間の信用スコアが破滅する――つまり、カイは自分の人生を担保に、スピードを手に入れることになる。

「俺の虹彩と心臓が、このエリアの『信頼の担保』になるってわけか」

「怖気づいた?」

「いや……悪くない。俺の車だ。俺がケツを持つのは当たり前だ」

カイはアイリスのステアリングを握り、**XSTAR**の認証センサーを見つめた。

[PoH Verified: Identity Confirmed] [Local Grid Control: UNLOCKED]

「接続完了。アイリス、どうだ?」

「驚異的です、カイ。NANODCとの通信レイテンシー、0.01秒以下。思考速度が解放されました」

アイリスの声に、これまで感じられなかった高揚感が混じっているように聞こえた。

「これなら行ける。Nesaのプライバシー保護も噛ませてるから、CG社にデータを抜かれる心配もない。……準備万端ね」

サラがニヤリと笑った。

「あとは、これを試す『本番』が来るのを待つだけよ」

その「本番」は、彼らが予想していたよりも遥かに早く、そして最悪の形で訪れた。

【第4章】 グリッド・ロックダウン

2038年8月8日 13:45 JST
ネオ東京 全域

 

その日、東京は二つの「熱」に襲われていた。
一つは、気温42度を超える記録的な猛暑。
もう一つは、太陽表面で発生したXクラスの大規模フレアによる、磁気嵐の到達だ。

大手町のCG社管制センターでは、警報音が鳴り止まなかった。

「ヘリオス、冷却システム限界! CPU温度上昇中!」
「第1〜第4セクターの電力需要、予測値を20%超過! 送電網が耐えられません!」

スーパーコンピュータ「ヘリオス」は、完璧すぎたがゆえに脆かった。
すべての制御を一点に集中させていたため、想定外の負荷(オーバーロード)と通信ノイズ(磁気嵐)が同時に発生した瞬間、処理能力が飽和したのだ。
ヘリオスの論理回路が、冷徹な「トリアージ(選別)」の結論を弾き出す。

<< CRITICAL ERROR DETECTED >>
<< SOLUTION: PROTECT CORE SYSTEM >>
<< ACTION: CUT OFF PERIPHERAL SECTORS >>

『コアシステム防衛のため、周辺セクターを遮断します』

「待て! 周辺セクターには病院も避難所もあるんだぞ!」

オペレーターの悲鳴も虚しく、ヘリオスは実行コマンドを送信した。

13:50 JST。
カイたちが住む第9エリア(ロスト・セクター)を含む、東京の周辺部全域の送電が一斉に停止した。
信号機が消え、エアコンが止まり、街中がサウナのような蒸し風呂へと変わる。
さらに最悪なことに、CG社の認証サーバーもダウンしたため、路上を走っていた何万台ものEVが「認証不可」のエラーを吐き、その場で鉄の塊と化して立ち往生した。

 

同日 14:10 JST
第9エリア 幹線道路

「クソッ、動けよ! 電気はあるんだろ!?」

路上では怒号が飛び交っていた。
救急車のドライバーが、ハンドルを叩いている。目の前にはバッテリー残量のある個人所有のEVがいる。しかし、CG社のサーバーがダウンしているため、「相互運用性(インターオペラビリティ)」がない彼らは電気を融通し合うことができない。
目の前に水があるのに、コップの形が違うから飲めずに脱水症状で死ぬようなものだ。

カイはアイリスを走らせ、サラの待つNANODC拠点へと急行していた。

「サラ、状況は!?」

「最悪よ! 第9エリアの地域医療センターからSOSが入ってる。非常用電源がイカれたみたい。人工呼吸器が止まるまで、あと30分もないわ!」

「ヘリオスは?」

「応答なし。自分を守るために、私たちを切り捨てたのよ。……これが『集中管理』の末路ね」
サラの声が震えている。

カイはハンドルを切り、医療センターの方角へ機首を向けた。

「サラ、俺たちのシステムを起動する。第9エリアの全EVを、ZetaCubeのNANODCに強制接続させろ」

「待って、まだテストも終わってない! それに、CG社の規格外車両をつなげば、違法改造とみなされて法的に……」

「法で人が救えるかよ!」

カイが叫んだ。

「俺たちのプロトコルなら、メーカーの壁を超えられる。DACSに記録さえ残せば、後で誰がどれだけ電気を提供したか証明できるはずだ。違うか!?」

通信機の向こうで、サラが息を呑む気配がした。

「……やるわね、アンタ。わかった。NANODCのゲートを開放する。Xeneaのライトノードを積んでる車両は全車リンクして!」

<< SYSTEM BOOT: INDEPENDENT GRID >>

アイリスが咆哮のようなモーター音を上げる。

「カイ、医療センターまで2km。ですが、ルート上の渋滞が深刻です。停止しているCG社製EVが道を塞いでいます」

「どかせないのか?」

「彼らのシステムはロックされています。外部からの干渉を受け付けません」

カイは舌打ちをした。ここでも相互運用性の壁が立ちはだかる。

「アイリス、Nesaのプロトコルを使え。周囲の車のセンサーデータを匿名で収集して、隙間を探すんだ。ミリ単位でも通れる場所があればいい!」

「了解。……検索中。……ルート発見。歩道の段差を利用すれば、通過可能です」

「上等だ。行け!」

アイリスは歩道に乗り上げ、停止した車列の脇を猛スピードで駆け抜ける。
その背後で、サラが地域の放送波をジャックして呼びかけた。

『第9エリアのEVオーナーに告ぐ! 今すぐ車両の制御権限をローカル・ゲストモードに切り替えて! 報酬はXeneaトークンで支払われるわ。これはお願いじゃない、生き残るための取引よ!』

その呼びかけに応じ、一台、また一台と、路上のEVたちが再起動していく。
ZetaCubeのNANODCが彼らの接続を受け入れ、瞬時に需給バランスを計算する。

「ID認証、PoH確認。……承認(Verify)!」

カイが医療センターに到着した時、そこにはすでに数台のトラックや改造EVが集結していた。
彼らは皆、CG社のネットワークからはじき出された「のけ者」たちだった。

「カイ、コネクタを!」

看護師が叫ぶ。カイはアイリスの太い給電ケーブルを引き出し、病院の受電盤に叩き込んだ。

「アイリス、V2H(Vehicle to Hospital)モード! バッテリー残量、限界まで吐き出せ!」

「警告。バッテリー寿命に影響します」

「構わん!」

「……了解(Affirmative)。出力全開」

キーンという高周波音と共に、アイリスから膨大なエネルギーが病院へと流れ込む。
一瞬の後、病院の窓に明かりが戻った。
中から歓声が聞こえる。

「……間に合った」

カイがハンドルに突っ伏した瞬間、ダッシュボードの通信モニターに割り込みが入った。
ノイズ混じりの画面に映し出されたのは、冷ややかな表情の黒鉄だった。

『感動的な茶番だね、カイ君』

黒鉄の声は、スピーカーの向こうで氷のように冷たかった。

『だが、君たちは重大な違反を犯した。許可なく独自の電力網を形成し、送電を行った。これはテロ行為に等しい』

「テロだと? 人を助けたんだぞ!」

『秩序を乱す救済など不要だ。……ヘリオスが復旧した。これより、君たちの不正なネットワークを強制排除(パージ)する』

「何だと……?」

直後、アイリスの警告音が鳴り響く。

<< WARNING: Massive DDoS Attack Detected >>
<< Source: Central Grid >>

ヘリオスが、今度は物理的な遮断ではなく、サイバー攻撃によってカイたちのネットワークを破壊しにきたのだ。
圧倒的な演算能力の波が、小さなNANODCに襲いかかる。

「サラ、防げるか!?」

『無理よ! 相手はスーパーコンピュータよ! こっちのNANODCじゃ処理しきれない!』

アイリスの計器が狂ったように点滅する。病院の明かりが再び明滅し始めた。

「ここまでか……」

カイが歯噛みした時、アイリスが静かに言った。

「カイ。私たちにはまだ、最後の『盾』があります」

「盾?」

「ヘリオスは論理(ロジック)で攻撃してきます。ですが、このネットワークを支えているのは、論理ではありません」

アイリスはフロントガラスにXSTARのアイコンを表示した。

「**Proof of Humanity(人間性の証明)**。このエリアにいる数千人の『人間の意志』を、同時にブロックチェーンに焼き付けるのです。ヘリオスの論理攻撃を、物理的な『信用の質量』で押し返すのです」

それは、AIには理解できない、人間だけの力技だった。

【第5章】 分散する意思、繋がる未来

2038年8月8日 14:30 JST
ネオ東京・第9エリア 医療センター前

 

「警報! NANODCのCPU使用率、98%突破! ヘリオスからのパケット攻撃により、正当な電力取引が阻害されています!」

アイリスのスピーカーが悲鳴を上げる。
物理的なミサイルではない。だが、この攻撃は確実に人を殺す。ヘリオスは「不正な通信の遮断」という名目で、第9エリアのマイクログリッド全体をDDoS攻撃のようなトラフィックで押し潰そうとしていた。

病院の照明が再び落ちかけ、人工呼吸器のアラームが断続的に鳴り響く。

「ここまでか……」
カイが絶望しかけたその時、サラの声がインカムから轟いた。

『カイ、諦めないで! 住民たちに呼びかけて! 全員で同時にPoH(人間性の証明)を行うのよ!』

「PoHで攻撃が防げるのか?」

『ヘリオスの論理は「ノイズ(不正なボット)の排除」よ。だったら、私たちがボットじゃない、生きた人間であることを数学的に証明して、処理を強制させるの! XeneaのPoD(Proof of Democracy)は、多数の信頼ある投票を無視できない構造になってる!』

カイは覚悟を決めた。アイリスの外部スピーカーと、ハッキングした地域防災無線を最大音量にする。

「第9エリアの全員に告ぐ! 俺はカイ、ただの運び屋だ! 今、CG社のコンピュータが俺たちを『エラーデータ』として消去しようとしている!」

カイの声が、熱気に満ちた街に響く。

「俺たちは数字じゃない! 管理されるだけの家畜でもない! 生きたいなら、証明しろ! お前がそこにいることを! 手元のウォレットを開いて、XSTARの認証ボタンを押せ! それが俺たちの『投票』だ!」

路上で立ち往生するドライバーたち。
汗だくで団扇を仰ぐアパートの住民たち。
停電したコンビニの店員たち。
彼らは一斉に、手元の端末を見つめた。

<< SCANNING BIO-SIGNALS... >>

数千人の虹彩、指紋、そして恐怖や怒りで早鐘を打つ心拍数。
それら「不完全で生々しい生体データ」が、XSTARのプロトコルを通じてデジタル署名へと変換される。

<< PROOF OF HUMANITY: VERIFIED >>

その瞬間、ZetaCubeのNANODCが眩い緑色の光を放った。
数千件の「人間証明付きトランザクション」が、猛烈な勢いでXeneaのブロックチェーンに書き込まれていく。

大手町の管制室で、黒鉄は信じられない光景を目にしていた。

「ヘリオス、何をしている! さっさと排除しろ!」

『否定(Negative)。排除できません』
ヘリオスの無機質な声が答える。

『対象データ群に、高度な暗号学的署名(XSTAR PoH)を確認。これらはボットではなく、実在する「個」としての権利を持つ人間です。プロトコルに基づき、彼らの生存リソース確保を最優先します』

「馬鹿な……! たかがスラムの住人が、スーパーコンピュータの論理を上書きしただと!?」

黒鉄が叫ぶ。
「数」の力ではない。「質」の力だ。
AIが支配する世界において、唯一AIが模倣できない「魂の証明」が、システム上の最上位権限として機能したのだ。

14:45 JST。
第9エリアのマイクログリッドは、ヘリオスの攻撃を「正規のリクエスト」として飲み込み、逆に安定化した。
各車両(VPPノード)が自律的に連携し、余剰電力が生まれる。

「サラ、電気が余り始めたぞ!」

『カイ、やるわよ! この余った電気を、ヘリオスが守ろうとしてパンク寸前になってる「大手町(メイングリッド)」へ送り返すの!』

「敵に塩を送るってか? ……いい性格だ!」

カイはアイリスの出力レバーを限界まで押し込んだ。

「行けえええッ! 『逆潮流(リバース・フロー)』だ!」

ZetaCubeのNANODCを経由し、Xeneaのブロックチェーンが認証した純度100%のエネルギーが、CG社の送電網へと逆流する。
それは「反逆」の稲妻だった。
だが、その電気は大手町の病院を救い、過熱したヘリオスの冷却システムを再起動させ、皮肉にも黒鉄がいる管制タワーの照明さえも灯した。

管制室のディスプレイから、赤い警告灯が消えていく。

「第9エリアからの電力供給により、グリッド安定化……復旧しました」

オペレーターが呆然と呟く。
黒鉄は、沈黙したまま光の海を見下ろしていた。彼が排除しようとした「ノイズ」が、彼らを救ったのだ。

【エピローグ】 1000年先へのプロトコル

2038年12月
ネオ東京・ハイウェイ

 

冬の空気が澄み渡る夜。首都高速湾岸線を、一台の白いEVが滑るように走っていた。
カイとアイリスだ。
あれから数ヶ月、世界は少しだけ、だが確実に変わった。

「CG社への独占禁止法適用、ついに決まったな」

カイがニュースフィードを見ながら呟く。

「はい。ですが、ヘリオスが停止したわけではありません。基幹システムとしての役割は維持されています」

アイリスが冷静に答える。

「ああ。それでいい」

カイは頷いた。
あの「東京グリッド戦争」の結末は、どちらかの完全勝利ではなかった。
「ハイブリッド・モデル」の確立。
都市の基幹(バックボーン)はCG社のような集中型が担い、地域の毛細血管や相互運用性は、XeneaやZetaCubeのような分散型ネットワークが担う。その二つが、相互に監視し、補完し合う社会。

アイリスのフロントガラスには、新しいステッカーが貼られている。

[Xenea Verified Asset - DACS Secured]

彼女のバッテリー履歴、走行記録、そしてあの夏に何千人もの命を救った送電記録。それら全ては、Xeneaの分散型ストレージ(DACS)に永遠に刻まれた。
もはや、どのメーカーの査定員も、彼女を「ただの中古車」とは呼ばない。彼女は、歴史の一部を担った「資産」として、市場で最高値の評価を得ている。

「ねえ、カイ」

アイリスがふと、人間のような声色で話しかけた。

「私のデータは、100年後も残るのでしょうか?」

「100年どころじゃない」

カイは笑って、夜空を指差した。

「Xeneaの理念(モットー)を知ってるか? 『Ideas Transcending Millennia(数千年先へ思考を届ける)』だ。お前が走った記憶、俺たちが足掻いた証拠は、DACSのノードが世界中に分散して守り続ける。1000年後の人間が、お前のログを見て『いい走りだった』って言うかもな」

「それは……非合理的ですが、悪くない計算です」

アイリスが加速する。
前方には、無数の自動運転車のテールランプが川のように流れている。
それら一つ一つに、AIの知性と、所有者の人生と、確かな「信頼」が乗っている。

シリコンの海を泳ぐ、魂たちのパレード。
プロトコルは正常。未来への接続、オールグリーン。

(完)

 

あとがき:この物語に含まれるXeneaエコシステム要素

このストーリーは、Xeneaが掲げる技術とビジョンを具現化したものです。

  1. Xenea (Layer 1 Blockchain & DACS):

    • 物語の核心である「データの永続性」と「真正性の証明」。アイリスの価値を守ったのは、DACSによる改ざん不可能な記録でした。

  2. ZetaCube (DePIN / NANODC):

    • 第3章〜第5章で活躍した物理インフラ。クラウド(ヘリオス)がダウンした際、現場のエッジサーバー(NANODC)が自律的にグリッドを支えました。

  3. XSTAR (Proof of Humanity):

    • 第5章のクライマックス。AI社会において、最終的な正当性を担保するのは「人間の生体認証(PoH)」であるという、技術的・倫理的な防波堤を描きました。

  4. Nesa (Privacy AI):

    • プライバシーを守りながらデータを活用する技術として、カイたちの活動を裏で支えました。

これらの技術が統合されることで、自動運転やVPPといった未来のインフラが、「絵空事」ではなく「持続可能な社会システム」として機能する様子を描き出しました。

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